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変わらない想いと、変わりゆく景色。

NISSYはいつも

「君のおかげでここまでこれた」とか

「シロセがもしいなかったら」といってくれる。

 

いまだに、リリースとか大きなライブがあるたびに

手紙をくれたり

メッセージをくれたりする。

はっきりいって、めちゃめちゃ大事に思ってくれてる。

 

ステージの上で、数万人の前でいきなり俺の名前を出したりとかする。

愛が度を超えてる。

そんな風に大勢の前で告られた事、人生で一度しかないです。

俺が女だったら、きっとあいつは俺と付き合ってるだろう。

ちょっと考えた上で、俺もタテにはうなづく。

 

 

[0、NISSYへ]

おれから言わせると

まだおれのことなんか誰も知らないアマチュア時代に

よくおれの曲をいいと思ってくれたな

って、逆に感謝したい。

 

フックアップしてくれた想いは

とても伝わってる。

たくさんの夢や、景色を俺やクリエイターや

バンドメンバーにくれた。

引き合わせてくれた、たいきにも感謝。

 

チャンスをもらったのは、俺の方やで。

「シロセがもしいなかったら」と言ってくれたよな。

「じゃあもしNISSYがいなかったら」と、

今日はそんな返信を綴りながら、東京ドームへ向かおう。

 

 

 

[1、出会い]

ニッシーがおれに初めてコンタクトをとって来たのは

ぜんぜんおれらデビュー前。

まだ渋谷でしか活動してない時期だから

よく、おれらのこと知ったなと思う。

 

クリエイターとして、

全然誰からも俺は評価されてない時期だった。

ただ自分で言うのはなんだが

日本で最高品質の音楽を作ってる自信はあった。

 

アマチュアでやってる俺の品質に気づいてくれて

フックアップしてくれたアーティストは、

NISSYか松田聖子さんが一番初め。

一番初めに、俺の音楽を国民的音楽として

世間にのしあげてくれたアーティストです。

 

 

[2、魔法]

おれは初期のニッシーにとても関わらせていただいたけど

当時から、手に負えないほど天才的な部分があった。魔法のようだ。

よくNISSYは、ライブのトークの中で

「誰にも応援してもらえない、シロセしかいない時期があった」

とかいってくれる。

 

だけど、俺から言わせると

魔法の音楽を頭の中で作ってる天才…の言ってることを

単純に理解できる人がいなかっただけだ。

 

俺はたまたまクリエーターとして、「曲」と言う形で

NISSYの言ってることを形にしてあげることができた。

ただそれだけの話だ。

 

一緒に作った時、超嬉しそうで、可愛かった。

このひとの魔法のレシピの一部になれたことが嬉しかった。

嬉しかった。超、嬉しかった。いい笑顔だった。

 

出会った頃に朝方まで作ってたものが2つある

1つは デビュー曲の「どうしようか?」

もう1つは NISSY 手作りの 味噌汁。笑

 

初めて、海外でライブした時の話をしてくれたり

渋谷のネズミの恐ろしさについて話たりしながら

部活みたいな制作期間を過ごした。

 

一体なんでこんなに大切にしてくれるんだろうと

考えたことがあるけど

それは、彼自身が

恐ろしい苦労を体験して来たからだろう。

ずっと暗いトンネルの中に一人でいたから。

 

誰よりも、スタジオに入る。

誰よりも、資料を作る。

こんなアーティストは

俺は、見たことがない。

 

 

 

 

[3、魔法使い]

ステージ上で見るNISSYは

魔法使いだけど

日々を知る俺らからすると誰よりも人間。

 

あれほどの努力を人は

「魔法」と呼んでいる。

 

わかりやすく説明すると

普通、カメハメハなんて打てるわけないし

誰も練習したりなんかしない。

 

でも、平気な顔であいつは俺に言ってくる

「カメハメハ打ちたいんだけど、力貸して!」

 

「無理です」

と、もちろん俺も強く言うし

初めは怒ったりもした。

人間には、カメハメハを打つことは絶対無理だから

もう少し、イリュージョンくらいにしよう!

 

そう言っても

勝手に、カメハメハの練習を初めてしまうようなやつだ。

 

もう本人が、本気で構え出したら、

俺も、深夜だろうがなんだろうが

できる手段を使って、

NISSYにカメハメハの着火剤を作らないといけないな

 

とか考えて

気がついたら、もう手を貸してしまっていて

「友達がカメハメハ打ちたくてさぁ…」

って協力者を募ったり。こっちも正気じゃなくなってくる。

俺も、一緒に怒られる。

 

初めに相談したのが、今もNISSYのバンドリーダーをやってるWHITE JAM BANDの神田リョウだったりした。

あいつや、たいきも、味噌汁の盃を交わした初期のメンバーだ。

 

そして、2013年8月6日。

あいつは、本当にカメハメハを打ってしまった。

デビュー曲、「どうしようか」公開。 

 

作品の秀逸さに、瞬く間に世間に広まった。魔法のように。

その後、エーネーションの”歌わせてください事件”につながり

代々木体育館をソッコーで埋め

こんな風に本当にカメハメハを打ってしまった。

本当に、愛すべき、バカだ。

 

いや、きっと本当の、魔法使いだ。

 

 

[4、シロセのおかげです]

そんなNISSYに

「シロセのおかげでカメハメハ打てたよ」

と感謝されても、いやもうそれは、俺、はっきり

全然、ドヤ顔できないわ。打ったのお前やし!笑

って感じ。

 

なのに、何年経ってもあいつは

俺のことや、あの日のメンバーのことを

大事にしてくれるよね。

 

いつか、こうしたい

と語っていた夢。

ソッコー叶えるし

その景色を今でも俺に特等席で見せてくれるからすごい。

ありがとう。

 

 

 

[5、夢を叶えた日]

ニッシーが夢を叶えた日。

前回の東京ドームのひ。

挨拶に残ってください

っていってくれたんやけど

挨拶に行かなかった。きっと何かサプライズがあったのかな。

 

「なんで、こねぇんだよ」と本人は人伝いにいってくれたけど

言わせてもらう。

ここがNISSYのゴールではないと思ったから。

いや、白状する。泣かない自信なかった。

 

でも、俺らのゴールは、NISSYのゴールはここじゃない。それは本当。

きっと、俺が挨拶に行ったら、

NISSYは、また「お前のおかげでここまでこれた」

と、言ってくれただろう。

でも、

 

いつか、ラーメンを奢ってくれて

初めて「どうしようか」のチラシを

持って来てくれた時のことを覚えてる。

すごい嬉しかった。

チラシがボロボロすぎて爆笑したけどな!綺麗なのを持ってこい。

(後、こうゆう時ラーメンじゃなくて、焼肉で頼むわ!)

 

あの時と俺らは何も変わらない。

「やっとここまで来たな」なんて言うつもりはない

その代わりに言うとすると

「よくここまで頑張ったな、まだまだ行こう」

そんな言葉をおくりたい。

 

こんな日記を綴りながら、

俺は今、ドームツアーの最終公演に向かっている。

今日、俺は、最後NISSYに、会いにいくだろうか。

そんな言葉を送れるだろうか。

 

あの日にもらった、ボロボロのチラシだけ持って

俺は、東京ドームへ向かっている。

 

 

もし今日来れなかった人にも

NISSYのことをまだ知らない人にも

今、日本で一番かっこいいアーティストを紹介させてください。

俺の先輩を、こんな魔法使いがいることを、知ってください。

 

きっと、俺のことが好きなファンも、NISSYのことを好きになってくれるはずです。

一緒に応援してほしい。

なぜなら、この作品は。

俺の。WHITE JAMの。SHIROSEの。人生のベストワークだから。

 

「シロセがもしいなかったら」と言ってくれたよな。

「じゃあもしNISSYがいなかったら」...

このベストワークは、世の中になかった。

 

Nissy の「ワガママ」という曲です。

https://www.youtube.com/watch?v=-UJdQMpnUDg

 

変わらない想いと、変わりゆく景色。

 

 

 

あとがき。

目まぐるしく、世間も変わるし

いろんなことが起こる。

1つだけさみしいことは

あいつの声が紅白で聞けなくなると思うと

本当に、さみしい。

 

とても、大きなことだと思う。

でも、あいつはきっと何も諦めてない

今までも、叶えてきたから。

絶対に、外せないピーケーを

絶体絶命のラストの一点を

あいつはいつも、挑戦し、自力でキメて来た。

 

それを、人は「魔法」と呼ぶ。

日々を輝かせる魔法。それは、”挑戦する”と言うこと。

俺は、そんなメッセージを

今日のライブから受けとるだろう。

 

そろそろドームについたので、この辺で。

じゃねニッシー、二時間後。

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2019.04.25